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私には、強烈な桜の思い出があります。

20年もの内戦が続くカンボジアで停戦合意成立、
総選挙実施を控えて、選挙を理解してもらうため
国連ボランティアの方たちがカンボジア各地を
飛び回っていました。

平成5年4月8日
国連ボランティアのひとりである中田厚仁さんが
自ら志願した危険地域コンポトム州で襲撃され
殺害されました。

停戦したとはいえ、武装解除していない
過激なグループがあり、地雷が埋もれ危険なことに
変わりはなかったのです。

商社マンの父と小学生のときポーランドに住み
アウシュビッツ収容所を訪れていらい
平和のため国連の仕事がしたいと決めた中田さん。
大阪大学卒業後、変わらぬ意思でカンボジアに向かったのです。

中田さんは至近距離から2発撃たれ左目に貫通、即死でした。
享年25歳。

中田
中田厚仁さん

当時、私は専業主婦をしていました。
もちろん、日本国内でも中田さん殺害のニュースが連日流れ
中田さんのお父様、武仁さんの取り乱すことのない
抑制された対応に、同じ親として心底感心させられました。

ある日、昼のニュースを見ていると
現地に行かれる中田さんのご家族の出国のご様子が…

あぁ、厚仁さんはお母さん似だなぁ

お父様、妹さんと寄り添うように俯いているお母様に
そっくりでした。

一枝の桜を
お母様は持っていました。

昭和43年、厚仁さん誕生の記念にご自宅の庭に桜を植えたそうです。
桜が満開のとき、悲報を受けたわけです。
せめて、厚仁さんに手向けようと一枝折ってこられたのでしょう。

満開に咲き誇る桜より、小さな一枝の桜のほうが強烈な印象を残しています。

5月23日に選挙は無事に行われ、中田さんの担当地域は99%の投票率でした。

父である中田武仁氏は、厚仁さんの意思を継ぐため商社を退職。
国連ボランティアとして活躍。国連ボランティ終身名誉大使に就任。
講演活動を精力的にされている。

厚仁さんが存命のころ、カンボジアから一時帰国。
お父様は痩せた息子から仕事の困難さを察したそうですが
その目は澄んでいて美しかったとの回想があります。

息子誕生の記念の桜は、その後伐ってしまったと聞いてます。

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3度目のコメントです
(〃⌒-⌒〃)

桜の花って 一瞬の内に散ってしまうので、まるでカメラのシャッターをパチリと切った様に、その時の人や状況、気持ちまでも鮮明に記憶させちゃうんですよね~。良い事も悪い事も…


東北の被災された方々、10年後20年後 どんな思いを持って桜を見るのでしょうか

今年の桜が絶望でなく、希望の桜になるよう毎日お祈りしています。
2011/04/07 11:12 |モギー #-URL[ 編集 ]

私も

>モギーさんへ

歓迎、歓迎(笑)その通りです。お母様が持っていた桜の一枝は今でも
目に焼き付いています。
いろんなところで書いたり言ったりしてますが、私は想念の力を信じてます。
たくさんの人の祈りが、大きなエネルギーになって力添えになると思います。
私も祈念してやみません。
桜の妖しいまでの美しさ、強かさ、しぶとさが伝わり、希望の象徴にきっとなると
信じましょう。

また、いらしてください。
2011/04/07 12:09 |アキバの行政書士 #-URL編集 ]

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