上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
私の父は昭和2年生まれ、存命であれば11月に83歳になります。
5年前に亡くなりました。

東京生まれの東京育ち、母もそうです。私、田舎がないんです。
父母とも、なんたって、2.26事件覚えてるって言ってました。

よく働いた父でしたが、性格でしょうね、軽いのなんのって。
威厳なんてものとは対極の人でした。
オジサンというよりオバサンに近かったかな。

そんな父ですが、勉強はよくできたそうです。
(信じられなくて確かめたらホントでした)
経済的事情で進学はせず、5人兄弟の長男として
終戦のときは18歳、すでに働いていました。

社会の授業で終戦のときのどうしたか
家族に聞いてくるという宿題がでて、父に聞いたところ

18歳の父は、これで戦争に行かなくて済む、命びろいしたと
幼馴染とふたり、泣いて喜んだそうです。

兵役検査が、ものすごい近眼のため丙種合格だったので
赤紙はすぐには来ないはずだと思っていたそうですが、
戦局から、どうみても、とうとう俺の番かなって覚悟していたところ
終戦。だいたい、軍国少年ならお国のため志願して兵役についたそうですが、
そんな気はまったくなかったって、アッサリ話してました。

どうしても手放せなかったジャズのレコードを防空壕で
カストリ飲みながら、友達と聞いていたこともあったとか。

反戦意識とか反戦運動なんかとは無縁の名も無い庶民の感覚でしょうね。

終戦後は、長男として買出しに奔走、なにせ18歳だったので
もう少し大人だったら、戦後のドサクサに紛れていい目が見られたのにって
言ってました。

しかし、娘から見て、よしんば25歳ぐらいだったとして、そんなにうまく
立ち回れたかは疑問です。

その後の高度成長時代を馬車馬のように働いて支えてきたのも
昭和一桁世代です。

父が60代の頃、同年代の著名人が亡くなるとがっかりしていましたね。
父が言うには、成長期に戦争のおかげでろくなものを食べていないので
働きづめで、やっと楽できるってときに死んじまう・・・・
ビンボーくじひいた世代だなぁと。

でも、自分は戦場にかり出されなかったから良かったと思わなきゃいけないって。

お墓参りいかなきゃなぁ。

にほんブログ村 主婦日記ブログ 勉強している主婦へ
にほんブログ村
↑ポッチっとお願いします
スポンサーサイト

コメントの投稿

URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
copyright © 徒然に気の向くまま all rights reserved.
powered by
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。